運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

【限定復活回2】社会人1年

お久しぶりです。

 

今日は3月31日である。筆者が大学院を修了し社会人生活を始めてからちょうど1年が経過した。

大学院と企業での研究生活を両方経験したことで書けるものがあると思い、今回久々にブログを更新することにした。当然情報の漏洩には注意しなければならないため、だいぶぼんやりした記事になるかもしれないが、ご了承願いたい。

 

 

 

 

結論から言うと、企業での研究生活は大学院(特に博士課程)と比べて圧倒的に「楽」である。

 

まず金銭面が違いすぎる。単純に手取りが増えた上にボーナスも出て、クビにならない限り収入が途絶える事がない。

冷静になってみると、学振にしろ他の助成金にしろ何もかも期限付きで、数年毎に申請レースに勝ち残らないと生きていけないというのは正気の沙汰では無い。

 

入社前まで心配だった仕事内容も今のところ問題ない。

今の職場ではたまに顕微鏡を使うのだが、今の部署で最も顕微鏡に長けた人物がなぜか筆者になってしまっている。これは大学院でうずべんを顕微鏡観察しすぎたせいである。結果として顕微鏡がらみのテーマでは新人であるはずの筆者が最前線に立たされている。

他の分析法などはさすがにまだ勉強中だが、ぶっちゃけ最低限の実験器具と危険物の使い方を知っていただけでもなんとかなった。ただしこの「最低限の実験器具と危険物の使い方」というのがちょっとしたポイントで、筆者がこの辺の経験を積んだのは所属していた研究室ではなく、光合成関連の実験で訪問していた外部の研究室だった。つまり、当時の筆者が自らの研究室に閉じこもって研究を進めていたとしたら、今になってそれなりのディスアドバンテージを負っていた可能性がある。そもそも、就活の段階で「HPLC質量分析やったことあります!」とアピールできていなかったら、採用すらされていなかったかもしれない。件の研究室訪問では散々な目にあったが、得られたものが大きかったことは間違いない。

 

研究内容そのものに焦点を当てても、今の内容はうずべんよりもだいぶ御しやすく感じる。課題は山積みだが、データや実験手法が確立されている分いくらでもやりようがある。比較的短いスパンでそれなりの結果が出るのも精神的にありがたい。うずべんをやっていた頃なんて電顕サンプルの作成に失敗し続けただけで数か月が過ぎ去ることもあったので、それと比べれば余裕である。

あと、研究結果は半自動的に役に立つので、「研究の意義」について悩む手間が減った。

 

また、企業の研究所というちょっと敷居の高そうなところに行くということで最初は軽くビビっていたのだが、蓋を開けてみるとアカデミアのほうがよっぽど魔境だった。

先ほど金銭面に言及したが、アカデミアは超優秀な人たちが金の奪い合いをしているような場所だ。あの環境を企業が再現してしまったらコンプラ違反もいいとこである。多少なりともそんな場所で戦おうとした筆者にとって、今の環境は大変緩く感じる。

「環境が緩い」と書くとなんかネガティブに見えるかもしれないが、正直筆者は必至で研究をすることに少し疲れてしまったようなので、今の緩い環境のほうがありがたい。

 

 

 

 

逆に大学院と比べて辛い点を挙げるとするなら、毎日朝が早い点と書類仕事が多い点だろう。

ただ毎日朝が早いというのは生活リズムが矯正されているとポジティブにとらえることもできる。最近は休日でも7時過ぎに目が覚めるようになってきた。

 

一方書類仕事の多さは厄介に思う。研究に関連するかにかかわらず提出しなければならないものが結構あり、実験の時間が削られて焦ることも、提出が遅れそうになって焦ることもよく起こる。加えて筆者の場合は外部機関との契約や手続きに関わる業務が最近多くなっており(新人なのに)、処理しなければならない書類が大変多い。

筆者は書類とか締め切りとかそういうのがものすごく苦手であり、そのせいで去年は海外学振の提出期限を勘違いしたりしていた。今も書類をシバいている時間は本当に楽しくない。とりあえず新人に外部との契約関連やらせるのは良くない。

ただし、全部日本語でいいのは楽である。会社で英語に触れたのはまだ数えるほどしかない。まあ英語勉強したい人にとっては良くないかもしれないが。

あと、これまでの研究生活のおかげかブログ執筆のおかげか、文章の不備について指摘を受ける頻度が少ないのも助かる。何なら筆者は外国人の同期に日本語を教えている。

 

 

 

 

ということで、多少の不満はあるものの、アカデミア進出を諦めて企業の研究職に就いた選択は大いに正解だったと思っている。というか万が一当初の予定通りカナダなんて行ってたらメンタル死んでたんじゃないかと思う。

 

ドクターは就職できないだの、ドクターのDはドMのDだのよく言われるが、意外と何とかなるし、経験もちゃんと糧になることが今更分かった。世の博士課程の皆さんもぜひ希望を捨てずに頑張っていただきたい。

【限定復活回】先輩の遺志

筆者の論文が公開されたので、けじめとして記事を残そうと思う。

公開された論文はこちら。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1434461022000232

随分前からたまに記事に書いていた、「先に卒業した先輩から引き継いだ某生物の研究」とはこれのことである。Platyproteum noduliferaeと名付けられた。
「某生物」と不自然な書き方をしていたのは、系統的位置があまりにも意味不明で、例えば「〇〇の仲間」「某うずべん」みたいな表現ができなかったからである。
詳細に説明すると長くなるが、まずうずべんと同じアルベオラータ生物群に属する系統に「アピコンプレクサ類(以下アピコン)」と呼ばれるものが存在する。アピコンは鞭毛と葉緑体を持たない寄生性生物からなり、有名所だとマラリア原虫などがいる。そのアピコンの姉妹群にあたる位置に「chrompodellid」と呼ばれるマイナー生物群が存在し、こいつらには鞭毛や葉緑体を持つ種が含まれる。そして今回のP. noduliferaeは、アピコン+chrompodellidのさらに姉妹群に来るらしいく、厳密にはアピコンにもchrompodellidにも属さないことになる。「こいつは〇〇の1種」のような表現すら難しい、本当によく分からない、表題通りenigmaticな生物なのである。

ここでさらに面白いのが、P. noduliferaeが痕跡的な鞭毛を持っていたことである。細胞に対して長さが非常に短く、動いてはいるのだが何かの役に立っているかは怪しいレベルである。
また、TEM観察をしたところ鞭毛装置が見つかったので、この立体構造の解析もした。筆者が担当したのが主にこれである。結果として、全くやる気の感じられないクソザコ鞭毛装置が出てきたので、これの解析をしている間は結構わくわくした。
なお、このPlatyproteum属だが、実は2006年に記載されており、P. noduliferaeが2種目となる。しかし2006年の報告では鞭毛と鞭毛装置は画像に映っているにも関わらず見逃されており、筆者たちの研究によって初めて報告した形になる。

以上のように、原始的なアルベオラータであるPlatyproteumの新種記載、及び本属における鞭毛と鞭毛装置の初の報告がこの論文の目玉である。




論文公開までめちゃくちゃ大変だったが、材料と結果が面白すぎて帳消しになっていた感がある。
このプロジェクトに最初に携わった先輩もこれで報われたことだろう。筆者も報われた。めでたしめでたしだ。

今日は明日の入社式とこれからしばらく続く研修に備え、本社へ移動した。昼過ぎからは入社前の顔合わせや入社手続き書類の提出、支給品やその使い方の確認などが行われた。
今日の本社近くは桜が満開で、気温も高く、まさに春真っ盛りの、希望に満ちた良き門出の日であった。

明日から筆者は社会人である。




以前宣言した通り、このブログは本日を以て終了とさせて頂く。

博士課程に進学してからちょうど3年間書き続けてきたこのブログだが、気付けばかなりの記事の数と文章の量が積み上げられてしまった。
最初の記事を改めて読み返すと、ブログを書き始めたのは「D進したはいいものの新鮮味が無いので、意識を高めるため」だったらしい。この目的が達成されたかどうかは正直よく分からない。ただ、定期的に文章を書くことで思考が整理されている実感はあったので、続けた価値はあったと思う。

ただそういう実用的なメリットを議論する以前に、筆者の博士課程は常にこのブログと共にあったと言っていい訳であり、結果としてとても思い入れのあるものとなったのは間違いない。
何より、たまにブログ読んでますと言われると、恥ずかしいような嬉しいような、この活動でしか味わえない気分を味わわせてくれた。これは貴重な体験だった。




最後に、このブログを読んで下さった方々へこの上ない感謝を表し、記事を締めさせて頂こうと思う。
これまでどうもありがとうございました。




追記:
就職までの期間中、特定を避けるため一部の記事を非公開にしていたが、先程全て公開した。随分前の記事が多いのであまり関係無さそうだが念の為。

解脱

今日は最後の学会の最終日だった。
筆者の発表は昨日終わっていたので、今日はぼんやりと聞くだけだった。知り合いの発表もいくつか聞くことができ、見納めだなあと思いながら眺めていた。

夕方の学会の締めくくりで、発表賞の授賞式が開かれた。そこでなんと筆者の発表が学生発表賞のひとつとして選ばれてしまった。
恥ずかしいことに、筆者は今まで学会で発表賞を貰ったことが一度もなかった。毎度周りの人達から面白いと言って頂けはしたのだが、それだけだった。
今回、筆者にとって最初で最後の受賞となった。

今年の学会には懇親会が設けられていなかった(代わりに裏で退官する先生を囲む会などが開かれていたらしい)ので、若手藻類界隈が何人か集まって軽いオンライン打ち上げみたいなものが催された。
実は今回の学会では筆者の先輩や知り合いにも受賞者が何人か出たので、お互いに祝い合った。めでたい。
筆者にとってはこういう会も最後であると思うと寂しい。昔から懇親会は好きだった。結局筆者が学生であるうちに対面での懇親会が復活することは無かったが、オンオフ関係なく、ある意味一番盛り上がるのが懇親会だった。
ただ、もううずべんの研究をすることが無い故に、「これの解決には何したらいいですかね〜」みたいな話題を振ることができない事に気付き、やはり寂しさが残った。

打ち上げはささやかに終わり、筆者にとって最後の学会は幕を閉じた。




学会が終わると同時に、もう一つ決着が付いたものがある。今朝、光合成の実験の論文が受理されたのだ。
前から話題に出る度に書いているが、この実験では進行中に訪問先の先生とトラブったことで本当に大変な思いをした。これがやっと論文受理まで行ったことで、心から解放された気分である。

光合成の論文然り、昨日受理された論文も然り、そして学会で発表したトランスクリプトーム解析も然り、全て大変だったが、どれもがうまく締めくくられて、これでまあ一応は報われたかなという感じだ。

本当の最後の戦い

筆者の学生生活最後の学会発表があった。

筆者の発表は午前中だった。
昨日は練習や確認もしないまま疲れて寝てしまったので、発表が始まる直前の朝に最終確認を行った。と言ってもこの事態に備えて1週間以上前にはプレゼンは作ってしまっていたので、そう大きな問題は無かった。
最近は引越しで大忙しだったので実感が湧かずにいたし、例によってオンラインなのでより現実味が無いのだが、発表を聞いているうちにそれなりに学会の気分にはなっていった。

今回の筆者の発表内容はトランスクリプトーム解析についてである。筆者のしてきた実験の中でも昔から一番やりたかったもので、一番時間がかかったし、一番結果が面白いと思っている内容である。
色々な意味で、筆者の集大成と言える発表だった。とにかく、この内容を発表できてよかった。

発表自体は問題なく終わったが、遺伝子解析ガチ勢からの質問がいくつかあり、少し大変だった。
そもそも、筆者はこの限られた時間の中で、思いつく限りの解析を全てこなす事ができた訳では無い。単純に解析していないせいで答えられない質問もあったのは少し残念だった。
もしこのまま研究を続けるなら、次なる疑問の解決のための追加の解析もできるのだろうが、もはや筆者はその状況に無い。
寂しさも不甲斐なさも全くない訳では無いのだが、筆者が選んだことだしまあしょうがない。ここが筆者の限界だ。

なんかネガティブな書き方になってしまったが、特に発表が荒れたわけでもなく、筆者の最後の発表はあっけなく穏やかに終わった。

あとは他の人の発表を聞くだけになった。今日の午後はポスター発表があったので、知り合いや気になる所のポスターを見に行った。
明日も発表をただ聞くだけである。

もはや自分で藻類の研究をすることが無い以上、学会を聴講するモチベがどこにあるのか、自分でもいまいちよく分かっていなかった。しかし、何だかんだ明日もちゃんと聞こうとしている辺り、筆者はこの分野の研究が好きなのだろうと思う。

精算

新生活の準備もあらかた進み、今日はネットの開通や洗濯機の取り付け、転入届の提出、免許証の住所変更などを行った。足りていなかった道具の買い出しもだいたい終わり、もうこれまで通りの文化的な生活が十分行えるようになった。

ここまで結構急いで部屋の準備をしてきたが、それには2つ理由がある。
まず、筆者は3月31日に、研修のためせっかく引っ越してきたこの地をしばらく離れなければならない。この3月31日というのが重要な手続きやライフラインの手配にタイムリミットになっていて、後回しにする選択肢がなかったのだ。
そしてもう1つ、これが本命なのだが、筆者は明日学会発表を控えている。オンラインで行うので、ネットの開通が絶対条件だったのだ。
さらに発表前日の今日は学会運営の方と接続テストを行った(本来は数日前に発表者を集めて行っていたのだが、無理を言って筆者だけ前日にしてもらった)。インターネットが開通したその日のうちに接続テストという、トラブったら大惨事の強行日程だったが、何とかなった。

ということで明日は学会発表である。筆者がうずべんについて発表するのはこれが最後だろう。有終の美を飾れるよう頑張りたい。
と言いつつ発表練習を満足にできていないが、今日は疲れたので早く寝ようと思う。体調優先だ。




ところで、今日はもう1ついいニュースがあった。先輩から引き継いだ某生物の記載と鞭毛装置の論文が受理されたのだ。
前回の査読結果が結構キツめだったので、ここまであっさり通るとは思っていなかった。正直、働きながら論文修正か〜やだな〜と思っていたが、何にせよ喜ばしいことである。

このブログは今月末で更新を止めるつもりでいたが、論文が公開されたら限定復活ということで紹介記事を書くのもいいかもしれない。

異世界

今日はまず新しい部屋への入居をした。
今回の部屋は札幌の部屋と比べるとぶっちゃけかなり狭いし古い。感覚は2年前まで住んでいた古い方の札幌の部屋に近い。それでも風呂とトイレは別だし冷暖房はあるし窓は南向きなので、そこまで悪くない。

その後は荷物の搬入、買い物などを行い、まだ段ボールが積まれているものの一応部屋の体裁を成す程度にはなった。
まだネットが通っていなかったり洗濯ができなかったりするので、その辺の作業や手続きは明日やることになる。




今日は買い物をするにあたって新居の近辺を動き回った。知らない土地なだけあり、風景や雰囲気、植生、物価、建物の造り、ゴミ出しのルール、車や人の進む速さなどなど、あらゆる物が新鮮である。ちょっとした異世界転生気分になっている。
実際のところは北海道が日本離れしすぎているので、南下したことで日本に戻ってきたと言う方が正しいかもしれない。
しばらくしたら慣れてしまうと思うので、この新鮮さは味わえるだけ味わっておきたい。