運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その7

2ヶ月ぶりである。

今回の論文はこちら
Zerdoner Calasan A., Kretschmann J. & Gottschling M. 2019. They are young, and they are many: dating freshwater lineages in unicellular dinophytes. Environmental Microbiology. doi: 10.1111/1462-2920.14766

うずべんには海水産の種も淡水産の種もいるが、元々は海水で生まれた系統であり、海水産の種の方がメジャーである。つまり、淡水産の種は海水環境から淡水環境への適応を経た結果生まれたということになる。
この「海水から淡水への適応」は案外大変らしく、このような進化はかなり限られた回数しか起こっていない。ある報告によれば、過去8億年で真核生物の淡水への適応進化が起こったのは(何が根拠か知らないが)だいたい100回くらいらしい。

では、うずべんの淡水への適応進化は一体いつ何回起こったのかを調べようと言うのがこの論文である。




解析方法は単純で、系統樹を作って、分岐年代推定をするだけである。

系統樹について、注目したのはうずべんの中でもペリディニウム目とギムノディニウム科の2つの系統だ。種数がそれなりにあるのと、海水産と淡水産がうまいこと混ざっていてちょうどいいらしい。
これら2系統の系統樹はすでにたくさん公開されているが、今回あらたに19株の遺伝子を解析して情報量を増やしたそうだ(ただしある問題が残るので後述する)。

分岐年代推定というのは、文字通り系統樹の分岐がいつごろ起こったかを推定する解析である。筆者はやったことないが。
これにより、淡水へ適応した系統がいつごろ発生したかわかる。
解析の際に化石記録が必要になったりするらしいが、うずべんは化石に残るタイプの生物なので問題ない。




結果から言うと、タイトルにある通りThey are young, and they are manyだった。つまり、淡水への適応回数がやたら多く、そしてその進化が起こったのがわりと最近だったということだ。

淡水への適応回数だが、ペリディニウム目で10回、ギムノディニウム科で5回と推定された。
「真核生物全体で100回」という推定があることを加味すると、うずべんの一部の系統だけでこれだけ淡水へ適応しまくっているのは確かに多い。

そして分岐年代だが、この進化はK-Pg境界(6500万年前の中生代新生代の境界)より後に起こったのが大半であるという結果が得られた。これまでの推定では、K-Pg境界より前に起こったものだと考えられていたので、それと比べてタイミングは近くなる。
K-Pg境界の後は気候の変化や海面の上下が激しかったりしたので、その辺が関係あるのでは、という考察がされている。




ここで問題なのは、系統樹の正確性である。
系統樹がどれくらい信頼できるかは、統計学的処理により数値化される。今回の2系統の系統樹を見ると、ペリディニウム目のはまあいいのだが、ギムノディニウム科の系統樹があまり信頼できないものになっている。

実は、筆者の扱っているうずべんもこのギムノディニウム科に属していて、毎回しっかりした系統樹が全くできないのでイライラしていた。
今回の論文でギムノディニウム科の系統樹作ったということで少し期待していたのだが、やはり微妙だったようだ。現時点で得られる情報量だと、ギムノディニウム科の正確な系統樹を作るのはむずかしいらしい。

系統樹の信頼性を上げるためには、解析に使う遺伝子の数をひたすら増やす他ない、というのが現時点の一般的な考えである。
そしてそれを実行する手段として、トランスクリプトーム解析により何百もの遺伝子を読んで、これを元に系統解析する方法がある。実は以前紹介している(https://under-the-floor.hatenablog.com/entry/2019/07/03/192216)。
ただ、ギムノディニウム科でこれをやるにはデータが足りなすぎるので、実際に結果が出るのは何年か先の話だろう。