運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

筆者と筆者の研究について

研究の話をしているのにこのまま匿名性を貫くのは良くないんじゃないかなと考えたので、少し怖いが筆者の正体を明かしていこうと思う。




筆者による論文が去年1本出ている[1]。
Yokouchi K., Onuma R. and Horiguchi T. 2018. Ultrastructure and phylogeny of a new species of mixotrophic dinoflagellate, Paragymnodinium stigmaticum sp. nov. (Gymnodiniales, Dinophyceae). Phycologia 57: 539-554.

この筆頭著者のKoh Yokouchiというのが、このブログの筆者である。

論文の内容は、Paragymnodinium stigmaticumといううずべんの新種記載だ。
Paragymnodinium属はこれまでP. shiwhaenseの1種のみが知られていた[2]ので、このP. stigmaticumが2種目となった。




そう、ただの新種記載。
これが本当にただの新種記載だったら、ぶっちゃけ筆者は博士課程まで進むことなく、途中で飽きて脱落していただろう。

このParagymnodinium属は色々とおかしい。

まず、このうずべんは葉緑体を持っていて光合成をしていて、かつ捕食もする。
光合成(独立栄養)と捕食(従属栄養)を組み合わせた栄養摂取様式を、混合栄養と呼ぶ。混合栄養性のうずべんは他にもわりといっぱいいる[3]が、そのほとんどは光合成か捕食の片方だけで生きることができる。一方、Paragymnodinium属のうずべんは、光合成と捕食のどちらかが欠けると死ぬ[4]。この何ともめんどくさいというか生きにくそうな性質は、他のうずべんで例がない訳ではないが、極めて稀である[5]。

次に、「ネマトシスト」という武器を持っている。クラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物が持つ「刺胞」と構造が酷似している。これも持っているうずべんは稀である。
たぶん、餌を捕まえるときにこのネマトシストを使っている[6]。ただ、Paragymnodinium属のネマトシストは小さすぎて直接的な観察ができていない。要するによく分からない。

最後に、捕食メカニズム、つまり餌をどうやって食べるかという所に面白い進化が見られる。
元々知られていたP. shiwhaenseは、「ペダンクル」というストロー状の器官を餌にブッ刺して吸っている[4]。この捕食方法は、他のうずべんでもそこそこ見られる。
一方、筆者たちが記載したP. stigmaticumは、この「ペダンクル」で「ネマトシスト」を操っているらしい[1]。こちらの例はこれまで全く報告がない。

図で説明すると、

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↑P. shiwhaenseのペダンクルを使った捕食はこう。矢印がペダンクルである。そして、

f:id:under_the_floor:20190510180941p:plain
↑P. stigmaticumによる餌への攻撃シーンが多分こう。ペダンクルの先端にある黒い丸っこいのがネマトシストである。
ただし、ペダンクルの先端にネマトシストがくっついている画像が得られて、そこからこう推測しているだけで、実際にこうやって餌を攻撃している証拠画像はない。

ちなみに、以上2つの図は修論発表のプレゼン資料に載せた。ボスにはもちろん内緒で本番で突然入れた。すみませんでした。




話が逸れた。

まとめると、光合成だけでなく捕食も必要とする栄養摂取様式、ネマトシストやペダンクルといった捕食に関連する構造の進化…ということで、このうずべんたちでは「葉緑体の縮退」と「捕食メカニズムの複雑化」が同時に起こっているように見える(ただし、こいつらの共通祖先が葉緑体を持っていたという前提に基づく)。
つまり、Paragymnodinium属のうずべんは、葉緑体消失進化の中間段階に位置しているのでは?という仮説が立てられる。

ということは、このうずべんをもっと詳しく分析したら、「葉緑体消失進化の過程で起こっている現象」について知ることができるのではないか?

…というのがこの先、博士課程での研究テーマになる。




うずべんの共通祖先が葉緑体を獲得して以降、「葉緑体の消失」は複数回起こったと考えられている。結果としてうずべんの約半数が光合成能力を完全に失っている。せっかく手にした魔法の力である光合成だが、扱いが雑だと思う。筆者によこして欲しい。
しかし、「うずべんの葉緑体がいかにして消えていくか」という研究は、ほとんどなされていない。葉緑体消失過程が見られそうな、都合のいい研究対象が無かったからである。

ところが筆者は記載してしまったわけだ。今にも葉緑体を捨てようとしている、めちゃくちゃ都合の良さそうな研究対象を…。

こんなん博士行くしかねえよなあ?




現在、混合栄養性の未記載のうずべんを他にもいくつか持っているので、こいつらを記載するためのデータ集め、論文執筆をしながら、葉緑体消失進化現象の謎を解明すべく実験の準備を進めているところだ。




参考
[1]Yokouchi K., Onuma R. and Horiguchi T. 2018. Ultrastructure and phylogeny of a new species of mixotrophic dinoflagellate, Paragymnodinium stigmaticum sp. nov. (Gymnodiniales, Dinophyceae). Phycologia 57: 539-554.
[2]Kang N. et al. 2010. Description of a new planktonic mixotrophic dinoflagellate Paragymnodinium shiwhaense n. gen., n. sp. from the coastal waters off western Korea: Morphology, pigments and ribosomal DNA gene sequences. Journal of Eukaryotic Microbiology 57: 121-144.
[3]Stoecker D. K., Hansen P. J., Caron D. A. and Mitra A. 2017. Mixotrophy in the marine plankton. Annual Review of Marine Science 9: 311-335.
[4]Yoo Y. et al. 2010. Feeding by the newly described mixotrophic dinoflagellate Paragymnodinium shiwhaense: feeding mechanism, prey species, and effect of prey concentration. Journal of Eukaryotic Microbiology 57: 145–158.
[5]Kim S., Yoon J. and Park M. G. 2015. Obligate mixotrophy of the pigmented dinoflagellate Polykrikos lebourae (Dinophyceae, Dinoflagellata). Algae 30: 35-47.
[6]Gavelis G. S. et al. 2017. Microbial arms race: Ballistic “nematocysts” in dinoflagellates represent a new extreme in organelle complexity. Science Advances 3: 1-7.