運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その5

このシリーズは全く閲覧数が伸びないということが分かってきたが、この活動は他でもない筆者自身のためのものなので断固として続ける。

今回の論文はこちら。
Nakayama et al. 2019. Single-cell genomics unveiled a cryptic cyanobacterial lineage with a worldwide distribution hidden by a dinoflagellate host. PNAS
URL https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1902538116

シアノバクテリア(藍藻)は、大昔に酸素発生型光合成を開発した始祖の末裔で、現在も幅広い環境に生息している。
生活様式も多様であり、今回扱われるシアノバクテリアは、とあるうずべんと共生関係にあるという種である。

有殻のうずべんであるOrnithocercus属は、その鎧板で特殊な空間というか部屋みたいなのを細胞頭部に作って、その中にシアノバクテリアを飼っている。シアノバクテリアはこの部屋から外にはあまり出ないらしく、単体での培養ができない。
培養できない単細胞生物というのは軒並み研究が難しく、現にこの共生性シアノバクテリアについても情報が少なかった。ということで、このシアノバクテリアのゲノムを、単細胞ゲノミクスという手法で解析し、骨までしゃぶりつくそうとしたのがこの論文の内容である。




まずは系統解析。ゲノムを解析したことで、多数の遺伝子の配列を使った信頼度の高い系統樹を作ることができる。
結果、このシアノバクテリア(Ornithocercus magnificusと共生するCyanobacteriaなので"OmCyn"と表記されている。ここでも以後そうする。)は、既知のシアノバクテリアのいずれとも系統的に一致しないことがわかった。Synechococcus属の姉妹群(となり)に位置するらしい。
つまり、OmCynはこれまでよく調べられてきた非共生性(自由生活性)のシアノバクテリアとは異なる系統であるとわかった、ということである。

次に、OmCynのゲノムデータを元にしてメタゲノム解析を行った。
メタゲノム解析というのは、超簡単に言うと、環境中から採取されたサンプルに含まれるDNAをまとめて解析し、環境中にいる生物の種類やらなんやらを逆算する手法である。培養できなかったり見逃されたりしていた生物の存在を認識できるというメリットがある。
さて、海水サンプルを解析する際、それに含まれる粒子(細胞だったり生物の破片だったり)の大きさでサンプルをソートすることができる。シアノバクテリア原核生物(いわゆる細菌)であるので、細胞サイズはとても小さく、1μmあるかないかと言った所である。ちなみに宿主であるうずべんは100μm前後の大きさがある。つまり、シアノバクテリアが環境中にいるとすれば、その遺伝子は小さい粒子から出てくるはずなのだ。
ところが、OmCynの遺伝子が出てきたのは小さい粒子(0-8.5μm)からではなく、大きい粒子(20-180μm)からであった。大きい粒子はサイズ的に宿主のうずべんを含んでいると考えられ、このことからOmCynはうずべんからほぼ外へ出ずに常にうずべんとくっついていること、そしてシアノバクテリアの検出を目的として小さい粒子をメタゲノム解析しても、見逃される種が存在しうることが強く示唆された。

最後に遺伝子機能の解析。まずOmCynのゲノムに見られる遺伝子の数だが、これが明らかに縮小していることが分かった。遺伝子の縮小が激しいProchlorococcus属と比べても、同等かそれ以上の縮小度合いらしい。
具体的には、外界と関わるための膜関連タンパクあたりの縮小が激しいようだ。一方、他のシアノバクテリアもみんな持っているような、生命維持に必須だと考えられる大切な遺伝子は大体持っているとのことである。
この遺伝子の縮小は、おそらく環境の安定しているうずべんの部屋への適応、そして狭すぎる部屋から外に出ないことによって遺伝的浮動(集団内の遺伝子頻度のランダムな増減、集団サイズが小さいほど影響が大きくなる)の影響を強く受けていることに起因しているだろう、と考察されている。




ということで、解析手法の進歩により今まで見えていなかった世界が見え始めたという論文であった。
ヒトゲノム計画によりヒトのゲノムの完成を目指していたのが既に約20年前の話で、今や単細胞からゲノムの解析ができる時代である。すごい。