運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その11

最近やってなかった論文紹介記事だが、非常に重要で面白い論文が先日発表されたので紹介しようと思う。

Sarai C. et al. 2020. Dinoflagellates with relic endosymbiont nuclei as novel models for elucidating organellogenesis. PNAS
DOI: 10.1073./pnas.1911884117
URL: https://www.pnas.org/content/early/2020/02/21/1911884117

藻類が持っている葉緑体は、元々別の光合成生物だったものを細胞内に取り込んでできたとされている(細胞内共生説)。例えば、緑藻、紅藻、灰色藻の葉緑体は、シアノバクテリア様の原核生物を取り込んでできたもので、この現象を「一次共生」、結果生まれた藻類を「一次植物」と呼ぶ。また、一次植物を取り込んで(二次共生)生まれた藻類は「二次植物」と呼ばれ、これにはうずべんを始めとして珪藻やミドリムシなど色々含まれる。さらに、うずべんの場合は一度手にした葉緑体を捨てて他の藻類を改めて取り込むケースが知られていて、これは「三次共生」と呼ばれたりする。
取り込まれた葉緑体光合成以外の機能を失い、細胞小器官化していく。一次植物は当然葉緑体以外にも核やミトコンドリアなど色々持っているのだが、二次植物に取り込まれて葉緑体化した後は、これらの器官は普通消えてしまう。
ところが、これに例外が存在する。二次植物であるクリプト藻とクロララクニオン藻の葉緑体には、元々独立した生物だった頃に持っていた核の残骸が残っている。この核の残骸は「ヌクレオモルフ」と呼ばれる。
クレオモルフの存在は、葉緑体が元々別の生物だったことをばっちり証明しており、しかも遺伝子が一部残っていることから、葉緑体の成立過程を知るための研究対象としてよく用いられてきた。しかし、そのヌクレオモルフの持ち主たる葉緑体が、取り込まれる前はどんな生物だったのかがよく分からないらしい。一応、クリプト藻の葉緑体は紅藻由来、クロララクニオン藻の葉緑体は緑藻由来であることは分かっているのだが、それより詳しいことが謎のままだという。この問題は、葉緑体の成立過程を研究するにあたって障壁となっていた。

そして今回紹介する論文では、なんとヌクレオモルフを持ったうずべんが見つかったということが報告されている。これは葉緑体界隈からするとかなりやばい発見である。





件のうずべん(MGD株、TGD株)は緑色の葉緑体を持つ。一般的なうずべんの葉緑体は紅藻に由来し、茶色っぽい色をしているが、このうずべんの葉緑体はそれとは違って緑藻由来らしい。つまり、紅藻由来の葉緑体を一度捨てた後、緑藻を三次的に取り込んで葉緑体にしたパターンである。
このうずべんをSYBR greenによるDNAの染色やTEMなどで観察すると、葉緑体包膜の内側に核っぽいもの、すなわちヌクレオモルフが見つかる。ただしミトコンドリアなど核以外の細胞小器官は残っていない。この形態は、これまでクリプト藻やクロララクニオン藻で見つかっていたヌクレオモルフと一致する。

この論文ではさらに、遺伝的な側面からヌクレオモルフを詳しく調べている。
まず、取り込まれた緑藻が持っていた遺伝子の一部が、うずべんの核に移行していることがわかった。この現象は、これまで見つかっていたヌクレオモルフにも見られるものである。しかし今回のうずべんでは、ヌクレオモルフとうずべんの核の両方に存在する遺伝子や、うずべんの核に移行してすぐだと思われる遺伝子など、前例のない特徴を示す遺伝子がいくつか見つかった。これらの特徴は、ヌクレオモルフからうずべんの核への遺伝子の移行が今まさに起こっている最中だということを示唆している。

また、取り込まれた緑藻がペディノ藻網のPedinominas属と遺伝的に近いことも示された。これの情報は、由来する藻類が何者か分からなかったクリプト藻やクロララクニオン藻と比べるとより詳細に分かった点であり、非常に有用である。

ところで、緑藻を三次的に取り込んだうずべんは他にもいて、Lepidodinium属のうずべんがそうである。さらに、Lepidodiniumが取り込んだ緑藻もペディノ藻網のものであることが分かっていて、今回のうずべんと関連性があるように見える。
しかし、分子系統解析の結果、今回のうずべんとLepidodiniumは系統的にかなり遠い関係にあることが分かった(ちなみにMGD株とTGD株も単系統性を示さない)。従って今回のうずべんとLepidodiniumはおそらく別物である。ではなぜ両者ともペディノ藻網の緑藻を取り込んだのかが謎だが、これは結局謎のままらしい。




ということで、今回報告されたうずべんは、間違いなくヌクレオモルフを持っていて、しかもこれまで見つかっていたヌクレオモルフには無かった情報をいくつか提供してくれた。葉緑体の成立過程を議論する上で、これまでにない重要なサンプルとなることが期待される。

ちなみに、この論文の著者は全員日本人で、3月末に開かれる予定だった日本藻類学会にもたぶん皆さん参加するはずだったのだと思う。しかし、その学会は新型コロナウイルスの影響で中止となった。お会いできたら良かったのだが、残念である。