運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その4

今回の論文はこちら。

Jiang et al. 2018. Behavioral and mechanistic characteristics of the predator-prey interaction between the dinoflagellate Dinophysis acuminata and the ciliate Mesodinium rubrum. Harmful Algae 77; 43-54.
URL https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1568988318300970




タイトルにあるDinophysis acuminataといううずべんが、どうやって餌を探して捕まえているのかをめちゃくちゃ詳しく調べた論文である。

まずこのD. acuminataだが、元々葉緑体を持っていないタイプのうずべんであり、同じくタイトルにあるMesodinium rubrumという繊毛虫から葉緑体を奪って、光合成のために使っている。他者から葉緑体を奪って使う現象を「盗葉緑体」と呼び、そこそこの数のうずべんが盗葉緑体を行っている。
問題は葉緑体を奪われる側のM. rubrumなのだが、実はこいつも元々葉緑体を持っていない盗葉緑体種である。とあるクリプト藻から葉緑体を奪っているらしい。
つまり、まずクリプト藻が持っていた葉緑体がM. rubrumに奪われ、それがさらにD. acuminataに奪われることになる。回りくどいにも程がある。

さて、実はこの論文のメインテーマはここではない。
葉緑体を奪われる側のM. rubrumは、体を凄まじい速度で瞬間的に移動させる能力を持っている。論文中ではjumpと表現されているが、冗談抜きで視認できない速度による移動であり、実際のところワープに近い。
この論文によると、その速度は約6.7mm/sらしい。M. rubrumの直径が約34.6μmということなので、もし人間サイズ(1.5m)のM. rubrumが同じ動きをしたとしたら、その速度は時速約1000kmになる計算になる。は?
対して葉緑体を奪う側のD. acuminataは、そんなやばい移動能力はもっていない。従って、普通に考えたらM. rubrumを捕まえられるようには思えないのだが、実際はしっかり捕まえている。

今回の論文では、HSMISなる超ハイスピード撮影システムを使って、D. acuminataがM. rubrumを捕まえる一部始終を捉え、その詳細な解析を行ったのだ。
(HSMISについては、なんか装置の外見だけ写された雑な写真だけが1枚載せられていて、仕組みは文章だけで説明されている。論文の著者としては結構推しているようだが、それならもうちょっと分かりやすく図解ぐらいしてほしかった…。)




D. acuminataによる捕獲行動は4つのステップに分けられるらしい。

ステップ1。接近。
動きを止めて休んでいるM. rubrumを狙い、通常より泳ぐ速度を落としてバレないように近づく。この時、D. acuminataの横鞭毛の動きにより水流が発生していて、M. rubrumから発生して流れてくる化学物質を嗅ぎつけているのではないかと推測している。
近づく過程でM. rubrumに気づかれて逃げられる場合も多いが、上手く行けば十分に距離を縮めることができる。

ステップ2。捕捉。
D. acuminataがペダンクルという繊維状の捕食器官を発射し、M. rubrumを捉える。

ステップ3。引っ張り合い。
ペダンクルが刺さってD. acuminataと繋がったM. rubrumは、運動能力が大幅に制限されるらしく、D. acuminata側は適当に引きずり回していれば勝てるようである。
しかし、場合によってはペダンクルが破壊され、M. rubrumが解放されることがある。この場合でも、細胞に突き刺さったままのペダンクルがM. rubrumの動きを邪魔し、例の瞬間移動術が機能しなくなる。さらに、このペダンクルが周りにいる別のM. rubrumを絡め取って、みんなで固まって動けなくなったまま水の底へ沈んでいくらしい。地獄である。

ステップ4。力尽きたM. rubrumから葉緑体を吸い取る。以上。




ということで、D. acuminataによるM. rubrumを絶対に捕まえるという意志を強く感じる内容だった。まあ捕まえないと生きれない訳だしな。
大雑把にまとめると以上のような感じだが、論文ではD. acuminata、M. rubrumそれぞれの動きをかなり詳細に数値化、分析している。さらにSupplementary data(追加資料)にはこいつらの実際のハイスピードムービーがあり、イメージも湧きやすかった。論文を見れる状態にあるならば、冒頭に載せたURLからこの映像を見てみるといいかもしれない。