運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その9

今回の論文はこちら。

Van Steenkiste N. et al. 2019. A new case of kleptoplasty in animals: Marine flatworms steal functional plastids from diatoms. Sci. Adv. 5: eaaw4337




このシリーズの第3回目(https://under-the-floor.hatenablog.com/entry/2019/06/10/211808)で、緑藻から葉緑体を奪って使うウミウシの論文を紹介した。
葉緑体を奪って使う現象のことを盗葉緑体と呼ぶのだが、動物で盗葉緑体をやるのはこのウミウシしか知られていなかった。

今回紹介する論文では、盗葉緑体性の動物の2例目の報告となる。




新しく盗葉緑体性であると報告されたのは、Baicalellia solarisとPogaina paranygulgusという2種類の扁形動物である。とりあえずヒラムシと呼ぶことにする。あまり詳しくないが、有名なところだとプラナリアとかサナダムシとかが近いらしい。

実はこいつらが体内に葉緑体を持っているというのは結構前から知られていた話だという。ただ観察や検証があまりされていなかったので、今回の研究ではっきりした証拠を以て盗葉緑体性を確認したという流れだ。




まず光学、電子顕微鏡でヒラムシ体内の葉緑体を観察したところ、ヒラムシの細胞内に葉緑体が存在し、葉緑体の持ち主だったはずの藻類の核などは観察されなかった。また、ヒラムシの腸から珪藻の殻が見つかった。

次にヒラムシの体内からDNAを抽出して解析したところ、ヒラムシの遺伝子に混ざって珪藻の遺伝子が検出された。これには葉緑体遺伝子も含まれていた。

さらに、葉緑体を持っているヒラムシの光合成活性を調べたところ、普通に光合成をする藻類とほぼ変わらないレベルの活性が見られた。
また、ヒラムシを2週間ほど断食させると体内の葉緑体は消えてしまうこともわかった。




以上の結果から、これらのヒラムシの体内にある葉緑体は珪藻由来であること、珪藻から葉緑体だけを引きずり出して細胞内に取り込んでいること、取り込んだ葉緑体光合成活性を残していてエネルギー生産を続けていると予想されること、そしてこの葉緑体の保持はあくまで一時的なものであることが導かれた。

これらの証拠から、このヒラムシは間違いなく盗葉緑体性であるだろうと結論づけられる。

この結果の面白い点はいくつかあり、まず「ヒラムシ」が盗葉緑体性を持つということ、そして取り込む藻類が「珪藻」であるということだ。
従来知られていた唯一の盗葉緑体性の動物であるElysia chloroticaは軟体動物たる「ウミウシ」であり、取り込む藻類は「緑藻」であった。この点、知っている人からすると結構衝撃がある。

盗んだ葉緑体がヒラムシにとってどれほど役に立っているのか、どれほどコントロールできているのかなど、まだ詳細な検証が必要なようだ。特に、論文中でも指摘されているが、葉緑体の取り込みが本当に光合成をさせる目的で行われているのか、それとも葉緑体がただの非常食としか見なされていないのか、判断が難しいところである。