運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その3

今回の論文はこちら。

Christa G. et al. 2013. Plastid-bearing sea slugs fix CO₂ in the light but do not require photosynthesis to survive. Proc. R. Soc. B 281: 20132493.
http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2013.2493

今回の主役はウミウシである。あの海の底に這いつくばってるナメクジみたいなあいつらだ。
ウミウシの一部の種(ゴクラクミドリガイなど)は、藻類を体に取り込んで葉緑体を奪い、体内で光合成させて栄養を獲得する能力を持っている。こういったウミウシたちは、葉緑体を取り込んだ結果全身が緑色になっているのが特徴だ。

藻類から葉緑体を奪って一時的に自分のものとして利用する現象は「盗葉緑体」と呼ばれる。うずべんを含む単細胞生物ではしばしば見られるが、動物ではこれらのウミウシでしか例がない。
界隈では有名な事例であるということもあり、このウミウシについては盛んに研究されてきた。特に最近の遺伝子解析技術の進歩により、この盗葉緑体現象の仕組みを遺伝子から探る研究も多い。

その結果、ある謎が浮かび上がっていた。
ウミウシ側に、葉緑体を維持するための遺伝子がほとんどないらしいのである。
単細胞生物の盗葉緑体種では、藻類側から宿主側への遺伝子の水平伝播により、葉緑体関連遺伝子を獲得している事例がほとんどである。ところがウミウシではこれが見られないということだ。

ということで、実際はこのウミウシにとって葉緑体ってそんな大事じゃないんじゃね?という疑問が生じ、これをより原始的な方法で確認しようとしたのが本論文の内容である。




まず、取り込んだ葉緑体は本当に光合成しているのかという根本の所から確かめる実験が行われた。
方法は、炭素の放射性同位体である炭素14を含む二酸化炭素(¹⁴CO₂)を標識として使い、光がある状態とない状態でどれほど炭素を固定できるか(取り込むことができるか)調べるというものだ。
結果、やはり光がある状態では炭素を光合成により固定していて、光がないとこれがほぼ全くできなくなることが示された。

次に、餌が全くない条件(飢餓条件)下で、光合成ができるときとできないときではウミウシにどんな影響が出るのかを調べた。
光合成をさせなくするするために、単純に光を遮断する方法と、モノリニュロンという薬剤によって光合成活性を阻害する方法の両方を試した。この条件で50〜90日間ウミウシを飼育し、状態を解析した。
まず光合成活性だが、これは日を追う事に減衰した。新しい葉緑体の供給がないので当然と言えば当然である。減衰の度合いだが、強い光に当てて飼育した場合に少し速くなる程度で、ほぼ同じペースらしい。
次にウミウシの体重の変化を追ったところ、光合成の有無に関わらず、ウミウシの体重は同じペースで減少した。飢餓条件でかつ暗闇に置いて数十日経っても、緑色が薄まりはするもののウミウシ本体は健康らしい。

以上の結果から、ウミウシが奪った葉緑体は確かに光合成しているけども、ウミウシが生きるために必須なものではなく、どちらかと言うと非常食としての意味合いが強いのでは?という結論が導かれた。




一般的に、これらのウミウシ太陽光発電ウミウシみたいなイメージがあるので、実は光合成無くても大丈夫でした〜と言われると意外である。
また、餌も光もなく何十日も生き延びるのは驚きというか、ウミウシ凄いなという感じだ。

しかし、光合成ができる条件とできない条件では、エネルギーの供給量に間違いなく差が出るはずである。これによる影響は本当にないのだろうか。
論文中の実験では、60日目以降の観察はなされておらず、当然議論もされていない。さらに長く観察を続けたら、寿命とかに差が出てくるのかもしれない。やってみないと分からないが。