運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

系統が先か、形態が先か

先輩から引き継いだ某生物の論文が大体できた。というか実は先週末ぐらいにはできていた。
できていたのだが、肝心の鞭毛装置の議論が難しく、あまり納得がいっていないままダラダラ過ごしている。




現代の進化学的議論の十八番は、分子系統樹を元にしてその生物達の持つ形質の進化(character evolution)を推測するアプローチである。
分子系統樹は生物進化の過程を示すものとして圧倒的なパワーを持つ。昔は形態的な情報から生物の進化過程を推測していたが、今はまず分子系統学によって進化過程が先にばっちり分かるので、それを元に形態的な変化がどう起こったかを考えるのである。順番が逆転しているようにも見える。
何より、最近は分子系統学の発達により、議論のスタート地点になる分子系統樹が幅広く手に入るようになったのがこの流れを強めている。

このアプローチに慣れすぎた現代人たる筆者のような研究者は、分子データのない生物を前にした時、とても困るのである。

今回の論文で筆者が議論したいのは鞭毛装置の進化だ。
調べてみると、対象の生物群の鞭毛装置は随分前からぼちぼち観察されていた。ところが、その多くの遺伝子情報が調べられていない。
これは原生生物学の歴史を鑑みれば妥当な話である。実はTEMを使った鞭毛装置の観察は分子系統学が台頭するより数十年先にすでに行われていた。そのため、形態的な観察結果だけが先に残り、それに対応する遺伝子情報は調べられずに放置されてしまったのだ。

つまり現段階では、「こいつはこんな鞭毛装置持ってたよ!」という情報のみが断片的に存在し、それらの生物の系統的な関連性が全くわからないのだ。これでは議論に限界がある。

何より面倒なのが、鞭毛装置の形を見る限りこいつはこの生物群には入らないんだろうな〜みたいな奴が普通に混ざっているのである。多分遺伝子を読んだら全然別の所に行ってしまうのだろう。
しかし、元々は系統→形態の方向で議論を進めるつもりでいたのに、これができない種について都合よく形態→系統の方向で議論してしまうと、論理が循環しているようで非常に気持ち悪いのである。筆者が納得いっていないというのはこの点だ。




とりあえず、遺伝子のデータがもっと増えたらハッピーだねみたいなことをディスカッションの締めに書いて誤魔化している。まあこれしか書けないのでしょうがない。