運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

厄介な案件

ちょっと前に、研究室の先輩が扱っていたとある生物の鞭毛装置の観察を手伝っていた。この仕事は全て終わり、あとはその先輩が論文を書いて、筆者はそれに共著として載るのを待つだけとなっていた。

はずだった。

今回の論文のメイントピックは2つである。まずはその生物の新種記載。そしてそいつの鞭毛装置構造の解析である。
鞭毛装置についてはもうやることは無い。問題は新種記載に必要なデータについてである。

現代の記載論文では、対象の形態的情報だけでなく遺伝情報も一緒に載せるのが普通である。特に筆者達が扱っているような単細胞生物では、形態観察から得られる情報が少ないことから、遺伝情報による系統分類学的検討はほぼマストである。
筆者達はよくリボソーム遺伝子「rDNA」の配列を遺伝情報として参照する。基本的に全ての生物が持っていて、程よい進化速度を示し、比較しやすいからである。また、細胞内に多量に存在し、解析しやすいのも利点のひとつだ。そして、rDNAにも細かな種類が存在し、特によく使われるのが18S rDNAと28S rDNAである。
このどちらを使うかは割とまちまちである。強いて言えば28Sの方が進化速度が少し速いので系統的に近い種同士での比較に有利ではあるが、論文によって両方使ったりどちらかだけ使ったりと統一されていない。

さて、例の先輩は今回記載する生物の18S rDNAの配列の解析に成功した。先輩は18Sのデータのみを使って系統解析をしようとした。
ところが、この先輩の指導教官だった助教の先生が「28Sも必要」と主張している。ここに意見の食い違いが生まれている。
確かに、18Sのみを使って行った系統解析では、系統樹の樹形があまりはっきりしない(系統樹の「尤もらしさ」は計算により算出されるのだが、この数値が高くない)。一般に、系統解析に使う遺伝子配列は多ければ多いほどはっきりした結果が出るため、28Sのデータも欲しいという助教の主張は理にかなっている。

ところが、例の先輩は既に研究室を卒業し、母国へ帰ってしまった。現在実験操作をできる環境にないらしく、遺伝情報の解析が不可能である。

困った。

そこで、筆者が28Sの解析をやることになってしまった。




まあしょうがないと言えばしょうがないが、終わったと思っていた案件がまたぶり返してくるのはあまり気分のいい話ではない。
それに、どうやらこの生物の遺伝子の解析はかなり難易度が高いらしい。実はその先輩も卒業前に28Sの解析に何度も挑戦していたのだが、成功せずに終わっていた。

正直大変面倒だが、ここまでやってきた仕事が論文にならずに終わるのは絶対に避けたいので、何とかする必要がある。