運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

論文紹介シリーズ その10

記念すべき第10回目の論文はこちら。

Burki F., Roger A., Brown M. W. and Simpson A. G. B. 2019. The new tree of Eukaryotes. Trends in Ecology & Evolution. doi: 10.1016/j.tree.2019.08.008
URL https://doi.org/10.1016/j.tree.2019.08.008 (オープンアクセスなので誰でも読めます)




筆者は高校で「五界説」というのを習った。これは地球上の生物を五つのグループ(動物、植物、真菌、原生生物、バクテリア)に分け、それを分類学階級の最も上に位置する「界」とする説である。
しかし五界説は古い考え方で、今は全く支持されていない。たぶん高校の教科書からも消えていたはずだ。
現在、地球上のあらゆる生物は3つの「ドメイン」に当てはめられると考えられている。すなわち、真核生物(Eukaryote)、細菌(Bacteria)、古細菌(Archaea)である。菌(真菌)と細菌と古細菌は全くの別物で、紛らわしいから呼び方変えた方がいいという話もたまに聞く。

さて、ては真核生物をさらに区分けしていくとどうなるのか。
これは系統分類屋の大きな共通課題の1つであり、長いこと研究や議論がされてきた。特に近年の分子系統解析技術の進歩により、真核生物の系統樹は少しずつはっきりしてきている。
ここ十数年で出てきた考え方が、真核生物を「スーパーグループ」という概念でいくつかに分けるものである。これは「ドメイン」より階級は下位だが「界」とも一致しない位置にいるので、便宜的に新しく作られた分類階級である。これによると、いわゆる陸上植物は緑藻、紅藻、灰色藻と一緒にArchaeplastidaにまとめられるし、元々別の「界」として分けられていた動物と真菌は同じOpisthokontaにまとめられる。

しかし、真核生物の系統関係は未だ解決には至っていない。理由はいくつかあるが、最大の要因は動物、植物、真菌以外の生物のデータが足りていないことだろう。ただでさえ研究が進んでいない生物が多い上、培養できないやつとかは遺伝子を調べるだけでも一苦労である。
また、分子系統解析技術が進歩したと言っても、真核生物が最初に現れて分岐した年代は相当に古く、そこまで行くと系統樹の樹形ははっきりしない(解像度が低い、と表現される)。他のグループとの系統関係が不明瞭で、系統樹上でどことも組まずにボッチしている系統はorphan (=孤児) groupと呼ばれ、これを誰かと組ませてあげることが大きな課題のひとつであった。

とはいえ、足りなかったデータも時と共に蓄積し、一部のorphan groupも晴れてどこかのグループに仲間入りさせてもらえるケースが出てきている。
最新の系統樹は研究の進展とともに変わるので、数年毎に現時点の系統樹まとめみたいな論文が出される。今回取り上げた論文はその2019年版ということになる。
また、系統樹の刷新に伴って当初提唱されていたスーパーグループも見直しがされている。というか樹形が原型を留めなくなってきている。




という訳で最新のスーパーグループを本論文を参考に挙げていく。

・TSAR
Telonemia、Rhizaria、Alveolata、Stramenopilaの頭文字を取ってTSAR。Telonemiaは最近までorphan groupだった。他3つは結構昔からSARとして認識されていたが、それにTが加わった。うずべんがAlveolataに、褐藻や珪藻がStramenopilaに属する。

・Haptista
Haptophyta(ハプト藻)とCentrohelidaを含む。両者とも数年前までorphanっぽい雰囲気を出してたが、最近単系統を組んでスーパーグループに昇格した。

・Cryptista
Cryptophyta(クリプト藻)、Katablepharida、Palpitomonasを含む。クリプト藻はそこら辺にいるし研究もそこそこされているが、他二つは超マイナーで、特にPalpitomonasは発見されたのが2010年らしい。

・Archaeplastida
Chloroplastida(緑藻)、Rhodophyta(紅藻)、Glaucophyta(灰色藻)から成る、最初に葉緑体を獲得した一次植物の皆さんのグループ。しかし解析によってはCryptistaなどが内部に入ってきたりするらしく、不穏。

・Amorphea
我々動物や真菌を含むOpisthokontaが、BreviatesとApusomonadaと共に単系統を組み、Obazoaを形成する。さらにObazoaの姉妹群としてAmoebozoaが位置する。
元々OpisthokontaやAmoebozoaが独立したスーパーグループとして認められていたが、それらが系統を組むので1つにまとめられてしまったらしい。結果としてやや複雑なことになっている。

・CruMs
Collodictyonida (=Diphylleida)、Rigifilida、Mantamonasからなる、新しく提唱されたグループ。ひとつも聞いたことがない。どれも前までorphanだったのが最近の分子系統解析でまとめられたらしい。

・Discoba、Metamonada、Malawimonadida
かつてExcavataというスーパーグループにまとめられていたが、近年の解析では逆に支持されず、orphanに逆戻りしつつあるグループたち。Discobaにはミドリムシなどが含まれる。

・Hemimastigophora
存在は知られていたが最近まで詳細が未知だったグループ。去年あたりにようやく分子系統解析が行われ、結果このグループが真核生物の中でも最も古くに分岐したことが判明し、新たなスーパーグループとして提唱された。こういう話はロマンがあって好きである。

・その他orphan groupたち
いっぱいいる。




現状こんなもんらしい。
スーパーグループの分け方はかなり頻繁に変わる。筆者は修士の院試勉強で2012年時点のスーパーグループを勉強したが、当時とはだいぶ変わっていて面白い。これからも常に動向を監視する必要がある。