運だけ研究生活

渦鞭毛藻、略して「うずべん」を研究しています。研究者の方向けの内容にはならないとおもいます。悪しからず。

TEMについて

昨日はSEMについてまとめたが、今回はTEMについてである。

両者の違いはと言うと、SEMは物体を元の形のまま観察し、その表面構造を見るのに適している一方、TEMは物体を薄くスライスして観察するので、内部の構造を見るのに適している。
TEMの原理を一言で現すと「影絵」である。めちゃくちゃ薄くスライスしたサンプルに電子線を当てると、その構造が影となって見えるので、サンプルの断面図が分かるという寸法だ。




というわけでうずべんを薄くスライスしたいのだが、当然そのままのうずべんを切ろうものならぐちゃあとなって終わりである。そこで、「細胞を樹脂に閉じ込めて固めて樹脂ごと薄切りにする」という戦略をとる。

具体的な操作は以下のようになる。

まず、例によって細胞を薬品で固定する。一般的な化学固定だとグルタールアルデヒドと四酸化オスミウムを組み合わせて使うのが主流である。
他にも、サンプルを瞬間的に凍らせて固定する方法がいくつか存在したりする。

次に固定した細胞をアセトン漬けにし、脱水する。

そして樹脂を準備する。この段階での樹脂はねばねばとしていて、アセトンとよく混ざる。
アセトン漬けにした細胞に、少しずつ樹脂を浸透させていき、最終的にアセトンを完全に飛ばして樹脂100%になるようにする。樹脂は膜を通過していくので、細胞の内も外も完全に樹脂に埋もれることになる。

これを約65度で一晩置いて樹脂をガチガチに固める。




これで細胞が樹脂に包埋されたわけだが、大変なのはここからだ。

サンプルを薄切りにするにはウルトラミクロトームという装置を使う。これにより、細胞を樹脂ごと厚さ70〜80nmの切片にしていく。
さらに、できた切片を何かに載せる必要があるのだが、例えばスライドグラスなんかに載せてしまっては邪魔すぎて観察ができない。スライドグラスではなく、ここではフォルムバールの膜を使う。これは薄くて透明な膜で、この上にサンプルを載せて電子線を当てても観察は阻害されない。
あらかじめ、五円玉みたいな形をした金属製の枠(グリッドという)の真ん中の穴にフォルムバールの膜を張っておき、これに切り出した切片を載せるのだ。
この操作がTEM観察を通しての最難関である。具体的には、切り出した切片は水に浮かんだ状態になっていて、これを金魚すくいの要領で、グリッドに張ったフォルムバール膜の上に載せなければならない。

慣れないうちは、ここで大半のサンプルが台無しになる。しかし、筆者は鍛錬の末、グリッドひとつにつき30枚以上の切片を載せることもできるようになった。グリッドに切片を何枚載せられるか選手権みたいなのがあったらわりと上位に行ける自信がある。あと金魚すくいも上手くなっているかもしれない。




これでやっとTEM観察が可能となる。だいたい3日かかる。SEMよりも疲れると思う。
ここまで来て細胞がぐちゃぐちゃだったりすると本当に死にたくなる。参考 https://under-the-floor.hatenablog.com/entry/2019/06/01/205726

ただ、固定の難易度であればSEMよりTEMの方が低く、細かい操作に慣れてしまえば比較的安定して観察することが出来る。現に、最近はもうあまり失敗しなくなった。
そして何より、TEMで観察できる像はめちゃくちゃ面白かったりするのでワクワク感がある。はっきり言ってSEMより楽しい。まあ、これは好みの問題かもしれないが。

TEMはそもそも研究機関によっては置いてなかったり古すぎたりするらしいので、筆者としてはTEMを比較的自由に使える今の環境に感謝しつつ、時間のある今のうちに技術を磨いていきたいと思っている。